東京五輪エンブレム問題について考える

すっかり乗り遅れてしまいましたが、先日発表された東京オリンピックのエンブレムが盗作だと騒がれている件について考えてみたいと思います。

いくつかの先行デザインとの類似性が問題とされているようですが、最も問題になっているのは、ベルギー人デザイナーのオリビエ・ドビさんによる劇場のロゴのようです。


15080301


これとの関係について、法的な問題があるかをみていきます。

商標権
どの商標権?

商標権を侵害するかどうかの判断は、具体的に商標登録されている商標と比較する必要があります。当然指定商品(役務)との関係も考えないといけません。

今回は、ドビさん側が商標登録をしていると主張していると一部報道があるようですが、具体的にどの国でどの商標がどの指定商品(役務)について登録されているかの情報は見当たりません。弁理士の立場からは、このような状況で商標権侵害の議論を進めることは滑稽でしかありません。比較する対象がないのですから、侵害性など議論できるわけがありません。

各種報道ではドビさんのロゴと本件五輪ロゴを比較していますが、ナンセンスです。特許事務所にも、このように相手商品を持ってきて「これの意匠権を侵害しませんか?」といった相談が意外に多くあるのですが、意匠権や商標権は登録されている内容が権利範囲なので、権利者が販売している商品やロゴなどは(権利範囲の解釈に影響を与えることはあっても)侵害性の判断とは無関係です。まぁもしそのロゴがそのまま登録されていたらという前提で比較しているのだとは思いますが、その場合でも指定商品(役務)がわからないのですから、やはり侵害性の議論はできません。


茶飲み話ですが、ドビさんのロゴがそのまま商標登録されていて、指定商品(役務)も重複する場合、2つのロゴは類似するのでしょうか。

たしかにパッと見た印象は似ている気もします。中央に縦長の長方形が位置し、左上と右下に直角二等辺三角形様(ただし長編が弧状)の図形が配置されている点、そしてその構造により長方形を囲むように円が存在するかのような印象を与える点などが共通します。しかし、ドビさんの商標の外周は円形であり、そのため上記構造と合わせて二つの同心円を有する印象を与えるのに対して、東京五輪ロゴは外周が長方形(ほぼ正方形)である点で異なります。また、東京五輪ロゴには、上記長方形の右肩に円が配置されている点に大きな特徴があります。さらには、ドビさんの商標が白黒二色で構成されるのに対し、東京五輪ロゴは背景色を含めて五色が用いられているため、両商標が需要者に与える印象は大きく異なるといえます。総合的にみて、東京五輪ロゴはドビさんのロゴには類似しないと判断するのがよさそうです。

商標権侵害となるかどうかは、その商標を手がかりにふたつの商品やサービスを区別する場合に、両者を取り違えてしまうかどうかで判断されます。例えばドビさんのロゴが、オリンピックでない他の国際的なスポーツ大会のロゴとして用いられている場合に、東京五輪のロゴを見た人がその国際大会が開かれるのだと勘違いしてしまうかどうかがひとつの基準だと考えるとわかりやすいでしょう。


ただこれも結局は日本での判断基準に過ぎません。商標権の効力範囲の規定や解釈は国ごとに異なるわけですから、結局はどの国のどの商標権かを特定しないことにはまともに侵害の議論などできません。

商標調査をしたらしいですが・・・

IOCは事前に商標の調査をしたと言っているようですが、200カ国近い参加国すべてで調査をしたというならたいしたものです。莫大な調査費用がかかったことでしょう。

さらに、もし本当に調査をしていたとしても、今後他人の商標登録が発生したらその後は使用できなくなるわけですから、本来ならば自ら商標登録をしておくべきです。それも参加国のほぼすべてで登録しておく必要があるでしょう。

しかし過去の例では、ロゴ(エンブレム)はほとんど商標登録されていないようです(国際商標登録を軽く調べました)。一度発表してしまえば一瞬で世界中で周知になるので他人に登録されるリスクは少ないという判断かもしれません。

著作権

どうもここにきて、ドビさんは商標権よりも著作権を主張し始めたようです。

著作権の観点からはどうなのでしょうか?

知らなければ問題ない

東京五輪ロゴのデザイナーである佐野研二郎さんは、問題となるドビさんのロゴを知らなかったと言っています。

著作権侵害となるには、佐野さんがドビさんのロゴを知った上でそれを模倣することが必要です。もし佐野さんがドビさんのロゴを本当に知らなかったのであれば、ロゴの創作性や類似性を検討するまでもなく、著作権を侵害しないことになります。

ベルヌ条約によって、ある加盟国で著作権が発生したものは、同時にベルヌ条約の全加盟国で発生することになります(ただし創作性などは各国の基準で判断されます)。いまやベルヌ条約には160カ国程度が参加しています。日本もベルギーもベルヌ条約加盟国なので、ドビさんのロゴはオリンピック参加国のほぼすべての国で著作権が発生していることになります(著作物性の議論は省略します)。

東京五輪ロゴはいまのところ日本で発表されただけですから、仮にドビさんが問題にするならば、日本で著作権侵害を根拠に民事訴訟を提起するしかありません。しかし佐野さんが知っていたかどうか(依拠性)の証明はドビさん側がしないといけないのですが、これはかなり難しいと思われます。現実にドビさんが何か法的な利益を受ける可能性は少ないといえるでしょう。

そもそも翻案に該当しない?

また仮に本件の著作権(翻案権)侵害性を検討したとしても、両ロゴともに基本的な図形のみで構成されることと、両ロゴの色構成が大きく異なることを考えると、それらの構成要素の一部が共通するにすぎず、佐野さんのロゴからドビさんのロゴの表現上の本質的特徴を直接感得できるとまではいえないように思います(江差追分事件の基準)。

論点がグチャグチャ

連日の報道を見ていると、問題の所在はどこなのか、わけのわからないことになっています。権利を特定しないまま商標権侵害の議論をしたり、著作権侵害の議論をしているのに商標調査の主張をしたり、上記記事では「発表前に著作権登録をすべてチェックした。ベルギーの劇場のロゴは保護されていない」などと意味不明のことが書いてあります(ベルヌ条約未加盟で著作権が登録制の国(あるのか知りません)についての言及でしょうか?)。一度論点を整理しないと無駄な批判が延々と繰り返されるだけになると思います。

まとめ

「ロゴが似ている印象を与える」ことと、そのロゴ(の使用等)が知的財産権を侵害することは別問題です。上述のように、おそらく佐野さんのロゴは知的財産の観点からは問題ないと思われます。

仮に議論を続けるのであれば、少なくとも商標については権利が特定されるまでは無視で構わないでしょう。

著作権については、依拠性を含めて、翻案権の侵害にあたるかを専門的な観点から議論することは可能だと思います。そうした生産的な議論が進むことを期待したいところです。

追記
商標登録との関係

その後こんなニュースを見つけました。

この中で森元首相が「東京五輪ロゴは商標登録しているので問題ない」旨の発言をしていますが、これは間違いです。

そもそも東京五輪ロゴをどの国で商標登録(少なくとも出願)しているかわかりませんが、仮に日本で商標登録されていたとしても、その事実はドビさんの著作権を侵害するかどうかとは無関係です。日本の商標法では、他人の著作権を侵害する商標でも登録できます。その後著作権と抵触する部分の権利範囲を制限するというバランスの取り方をしています。

なので、仮に日本で商標登録されているとしても、ドビさんの著作権を侵害する可能性は残ります。

依拠性について

また読み返して、依拠性についてざっくりと書きすぎた印象があります。佐野さんが「知らない」と言って、ドビさんが知っていたことの証明をできないと著作権侵害とならないというのは、簡単に説明しすぎたかもしれません。訴訟実務では、著作物が類似する場合は、その事実をもって依拠性ありと判断されるケースもあります。その上で、創作時にどのような範囲の調査をしたか(どのような資料を参照したか)の立証責任が被告に転嫁されることが多いようです。となると結局、依拠していないことの立証は佐野さんがしなければならず、これに失敗したら著作権侵害が成立する可能性も出てきます(あくまでもロゴが類似する前提です)。

今回はどうやら、図形が似ているかどうかの議論だけでなく、用いられているフォントが同じだという事実もあるようです。もしかしたら、この図形とフォントの組み合わせはデザインの専門家なら普通に思いつくものであるかもしれませんし、そうでないかもしれません。このあたりはデザインの素人の私には判断できない部分ですが、だからこそ、訴訟では依拠性の判断がキーになる可能性もあります。

不正競争防止法

不競法はどうなんですか?というお問い合わせがあったので追記します。

上記のニュースで、ベルギー人と思われる方がドビさんのロゴを「誰も知らない」と言っています。これだけでは判断できませんが、少なくとも日本ではドビさんのロゴは周知でも著名でもないと思われるので、不正競争防止法が問題になることはないでしょう。

そもそもドビさんのロゴが劇場における何らかの役務を表示するか(役務表示に該当するか)、怪しいです。単に劇場のシンボルであったり、広告用のイメージロゴにすぎない場合は、役務表示にはならない可能性が高いです。また、仮に役務表示であるとしても、劇場とオリンピックの役務が類似することがあるのかの検討は依然必要でしょう。

ちなみにベルギーの不正競争防止法については、それがあるかどうかすらわかりません・・・。

LINEで送る
Pocket