特許出願前に出願されている奇妙な事例

特許庁から「出願指令」に分類される書類が届きました。

書類名自体は「手続補正指令書(方式)」とよくあるものだったのですが、発送目録の起案種別が「出願指令」となっていてました。


特許出願をして初めて出願事件が特許庁に係属するわけですから、出願する前に特許庁から「出願しなさい」という書類が届くことは通常考えられません。

不審に思って特許庁に確認したところ、以下の特殊なケースに限って、特許庁から出願の催促があることがわかりました。

そのケースとは、

  1. 日本語でされた国際特許出願(PCT由来の出願)であって、
  2. 日本国特許庁を指定官庁として出願されたもの、

である場合は、国内書面を提出していなくても、なかば日本への移行が完了しているような状態になるようです。


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たしかに、日本を指定国に含む国際出願(PCT出願)は、国際出願日が確定すれば、日本国特許庁に対してなされた特許出願とみなされます(特184条の3第1項)。

そして、国内書面提出期間に国内書面が提出されない場合は、補正が命じられることがあります(特184条の5第2項第1号)。

だからといって、国際特許出願すべてにこのような補正指令が出されるわけではありません。例えば当所では外国人の国際特許出願が日本に国内移行する出願を代理することが多いのですが、もし国内書面提出期間に国内書面を出し忘れたら、もはや国内移行できなくなり、日本での権利化ができなくなると思われます(実は後述するようにそうでもないのかもしれないのですが、そんな経験は当然ないのでわかりません)。


なぜ日本語特許出願で日本国特許庁を指定官庁とした場合のみ補正指令が出されるのか。肝になるのは、この条文だと思われます。

第184条の6第2項
日本語でされた国際特許出願(以下「日本語特許出願」という。)に係る国際出願日における明細書及び外国語特許出願に係る国際出願日における明細書の翻訳文は第三十六条第二項の規定により願書に添付して提出した明細書と、日本語特許出願に係る国際出願日における請求の範囲及び外国語特許出願に係る国際出願日における請求の範囲の翻訳文は同項の規定により願書に添付して提出した特許請求の範囲と、日本語特許出願に係る国際出願日における図面並びに外国語特許出願に係る国際出願日における図面(図面の中の説明を除く。)及び図面の中の説明の翻訳文は同項の規定により願書に添付して提出した図面と、日本語特許出願に係る要約及び外国語特許出願に係る要約の翻訳文は同項の規定により願書に添付して提出した要約書とみなす。

本来この条文は、日本語特許出願の明細書等は、国内段階では特許出願の明細書等とみなされるという、国際段階と国内段階の明細書等の対応を定めるものです。

ところが見る角度を変えると、この規定のおかげで、日本語特許出願の場合は、国内段階で必要な書類は国際段階ですべて揃っているとも捉えられます。あとは料金を納付して、国内書面を提出すればよいだけです。特184条3第1項により、日本語特許出願はそのまま日本国内の特許出願とみなされるわけですから、特184条の5第2項に基いて欠けている書類を提出しなさいという補正指令を出すことは、特段不思議ではありません。

そこで特許庁では、日本国特許庁を指定官庁としてなされた日本語特許出願について、国内書面提出期間を経過しても国内書面が提出されない場合、国内書面と料金納付が不足する方式違反として取り扱い、補正指令を出す運用にしているものと思われます。

特184条の5第2項は、「手続の補正をすべきことを命ずることができる」という任意規定になっていますから、特許庁長官は別に補正を命じずにいきなり却下しても構いません。そこで補正指令を出すのを日本国特許庁を指定官庁とする場合に限定しているのですが、これは必要書類が確実に入手できるからだと推測されます。

この補正指令を受け取ってから30日以内に国内書面を提出し、料金を納付すれば、国内処理基準時までに手続きをしていなかったとしても、問題なく国内移行できます。

ところで弊所では、この書類を受け取ったのは初めてです。弊所にはそもそも外国から入ってくる特許出願が多いという事情もあるのですが、おそらくこのようなケース自体が非常に珍しいのだと思います。


なぜならば、この書類が発せられるのは、

  1. 国際特許出願を日本語で行い、
  2. 日本国特許庁を指定官庁として、
  3. 日本を指定国から除外しておらず、
  4. 日本で国内移行期限までに国内書面を提出していない

という要件をすべて満たす場合に限られますが、そういう機会はなかなかありません。

国際特許出願を日本語で行うのは、ほぼ日本人(日本企業)のみでしょう。共願の場合は少なくとも一人は日本人がいるはずです。そのような国際出願が日本国特許庁を指定官庁とすることには、疑問はありません。

しかし、わざわざ日本語で明細書を書いたのですから、日本に基礎出願がない場合は、通常は日本を指定して、期限までに国内書面を提出します(第4要件を満たさない)。

あるいは、日本に基礎出願がある場合は、(基礎出願は国内優先権の基礎とみなされ取下擬制されてしまうので、)日本を指定国から外します(第3要件を満たさない)。

改良発明などで基礎出願があっても日本を指定する場合は、やはり期限までに国内書面を提出するので、補正指令は発せられません(第4要件を満たさない)。

結局、このような補正指令が発せられるのは、日本語明細書で国際特許出願をしておきながら日本には移行しない特殊な場合か、国内書面を提出し忘れてしまった場合くらいしかなさそうです(今回は当然前者でした)。

ただ考えてみると、一部の出願人にはそれほど珍しいわけではないかもしれないという気がしてきました。例えば通常の(PCTでない)出願をした場合、審査請求をせず出願を取下擬制させることはよくあります。特に大手日本メーカーの場合は、出願から3年間で開発の方針が変わったとか、もともと防衛出願が目的だったので出願公開されれば十分だとか、いろいろな理由で審査請求をしない=その出願の権利化を目指さないという選択をすることは珍しいことではありません。

本件のようなケースでも、基礎出願をせずいきなり日本語で国際特許出願をした場合は、国際出願日から30ヶ月(2年半)が経過する段階で国内移行せず日本での特許化を目指さないという判断は当然あるでしょう。大手日本メーカーでは、この書類をもらうことはたまにあるのかもしれません(なおこの補正指令は国内段階の代理人がまだいないため出願人に直接送られます)。

それでは、外国語でされた国際特許出願で、日本国特許庁を指定官庁としてなされたものの場合はどうなるのでしょう?

ここで肝となる条文は、これだと思われます。

特許法第184条の4第3項
国内書面提出期間(中略)内に(中略)請求の範囲の翻訳文の提出がなかつたときは、その国際特許出願は、取り下げられたものとみなす。
つまり、国内書面提出期間期間内に翻訳文を提出しておかないと、せっかく日本の特許出願とみなされた(特184条の3第1項)国際特許出願も取下擬制されてしまうので、その後国内書面を出してももう遅いのです。


まとめると、

  • 日本語特許出願の場合は、国内書面が出されていないと、特許庁長官は補正指令を出すことができます(特184条の5第2項)。補正がなされない場合は、出願を却下します(特184条の5第3項)。補正がなされれば、出願は問題なく継続します。

  • 一方で外国語特許出願の場合は、国内書面及び翻訳文が提出されていないと、国際特許出願は取下擬制されてしまいます(特184条の4第3項)。取下擬制されてしまったものは復活の余地がないので、特許庁長官は補正指令を出しません(特184条の5第2項は任意規定)。

このような違いがあるため、特許庁では「日本語特許出願」の場合のみ、補正指令を出すようにしているのだと思われます。

ただし、外国語特許出願の場合、国内書面よりも先に翻訳文を提出することは、条文上は可能なはずです。その場合は出願が取下擬制されることはないため、日本語特許出願の場合と同じ事情になると思われます。しかし特許庁の説明では、外国語特許出願の場合は、日本国特許庁を指定官庁としていても、補正指令は出さないとのことですので、両者はどこかが違うのだと思います。もしかしたら国内書面よりも先に翻訳文を提出することはできないのかもしれません。そんなことはやったことがないので実際どうなのかはわかりませんが。どなかた詳しい方がいらしたら是非答えを教えていただきたいです。

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